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60歳からの新規雇用、社内の混乱をどう乗り越え、なにが変わったのか【実例検証】

社会・政治 投稿日:2023.06.02 11:00FLASH編集部

60歳からの新規雇用、社内の混乱をどう乗り越え、なにが変わったのか【実例検証】

個人と組織の在り方を捉え直す、これからの日本に必要な発想とは?

 

 60歳からの新規採用を積極的に行っている企業がある。岐阜県を拠点とする加藤製作所とサラダコスモである。

 

 加藤製作所は岐阜県中津川市の企業で、社員数は92名(うちシニア社員43名)である。同社が60歳以上の新規採用を開始したのは2001年であった。

 

 同社は航空機部品をつくるほど、高度なプレス加工技術(深絞り)を有する。しかし2001年当時は不景気で、注文は多かったが取引先の低コスト・短納期の要求は厳しかった。

 

 

 そんな時に、同社の経営トップである加藤景司社長は、中京学院大学の調査で中津川市のシニアは働く意欲が高いことを知った。そこで、中津川のシニアに週末だけ働いてもらい工場の稼働率向上を目指すことにした。

 

 当初、社内では反対が多かった。また相談したハローワークからも、シニアの雇用は難しいと求人に難色を示された。しかし加藤社長はあきらめず、加藤製作所として独自に求人チラシを新聞に折り込むことにした。

 

 求人チラシの、60歳以上の意欲ある人を求めるというコンセプトは成功だった。広告が新聞に折り込まれた初日から電話の問い合わせが相次ぎ、100名の応募につながった。意欲のあるシニアが多く、当初は10名の採用予定であったが、最終的には15名を採用した。

 

 しかし採用後、シニアの働き方が軌道に乗るまでは予想以上に苦労が多く、時間も要した。

 

 同社では採用したシニアを、尊敬を込め「キャリア社員」と呼んでいる。ところが、同社の仕事に未経験であるキャリア社員は、若手社員が熱心に教えても業務を覚えることに時間がかかった。それどころか不良品も発生し、社内ではキャリア社員を冷ややかに見る雰囲気になってしまった。

 

 そこで加藤社長はキャリア社員が働きやすくなる社内の改革に取り組んだ。現場の作業のバリアフリー化として、生産数に関するブザー音をシニアにわかりやすい装置毎のメロディーに変更。

 

 くわえて半自動箱詰め機を導入、作業台は身長によって調整可能にし、冷暖房を整備した。現場の字やイラストはキャリア社員が見えやすいように改善。さらに、キャリア社員からの改善提案も取り入れた。当時の設備投資は、3000万円もかかったという。

 

 費用は多額だったが、設備投資は十分に効果を発揮した。設備改善によりキャリア社員が働きやすくなっただけでなく、現役社員も働きやすくなり、全社的に作業効率が改善された。こうした改革が功を奏し、キャリア社員は仕事に慣れ、不良品も少なくなり、若手社員はキャリア社員を評価するようになった。

 

 今では、若手社員とキャリア社員は一体化して働き、職場で共に楽しく談笑している姿が普通のことになった。

 

 それだけではない。キャリア社員が60歳以降も楽しく働く姿は、現役社員の将来の姿でもある。現役社員はその姿を目の当たりにし、自身の定年後の働き方に希望を持つことができ、安心して働けるようになった。

 

 加藤製作所の60歳以上のシニア雇用の取り組みに共感し、同様の取り組みを行ったのが、サラダコスモである。サラダコスモは、加藤製作所と同じく岐阜県中津川市に本社を構える、農薬や化学肥料不使用で発芽野菜(もやし・スプラウト)を製造・販売する企業である。

 

 サラダコスモが運営する教育型・観光生産施設が「ちこり村」である。ちこり村とは、ヨーロッパ原産のキク科の野菜である「国産ちこり」による、いわば食のテーマパークである。

 

 ちこり村では、ちこり生産ファームと、ちこり芋を原料とする焼酎を蒸溜する蔵の施設見学が可能で、またレストラン、カフェ、売店が併設されている。広大な駐車場には、お客様が乗ってきた観光バスや自家用車が所狭しと並び、年間を通して賑わいを見せている。

 

 ちこり村では、60歳以上を優先的に雇用している。その結果、ちこり村のスタッフ67名中、43名が60歳以上であるという。

 

 ちこり生産ファームと、ちこり焼酎の蒸溜蔵の施設を見学した際、印象的だったのは、案内してくれたスタッフの笑顔と発言だった。そのスタッフは、優先的に雇用されている60歳以上のシニアのひとりであった。

 

 施設案内の途中の会話で、そのスタッフはちこり村で働くことの喜びを、誇張なく自然体で語ってくれた。60歳を超えても、働く場があることが嬉しい。日々お客様とやりとりでき、お客様が喜んでくれることが嬉しい。シニアの仲間と話すことが嬉しい。事務所の若手と話すことが嬉しい。自分が必要とされる居場所がちこり村で、ここにいるだけで本当に楽しいという。60歳を超えても働くことができ、自分は本当に幸運だと語っていた。はじけんばかりの笑顔が、その言葉に嘘偽りがないことを物語っていた。

 

 くわえて印象的だったのは、施設の見学コースの随所に展示されている写真パネルだ。それらのパネルでは、ちこりの栽培過程やちこり焼酎の醸造過程が説明されているのだが、それだけではなく、ちこり村のシニアスタッフが楽しそうに働く姿の写真も多かった。

 

 テーマパークの見学コースで、そこで働くスタッフたちの姿を主役に据えて展示している例は少ないのではないだろうか。いかにちこり村が、そこで働くシニアたちを大切に思っているかを見て取ることができる。そしてそのシニアたちが口々に語る、60歳を超えても働くことができる喜びと、それを示す笑顔。これこそ生きがいであり、生存充実感ではないだろうか。

 

 

 以上、石山恒貴氏の新刊『定年前と定年後の働き方~サードエイジを生きる思考』(光文社新書)をもとに再構成しました。個人と組織の在り方を捉え直す、これからの日本に必要な発想とは?

 

●『定年前と定年後の働き方』詳細はこちら

( SmartFLASH )

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