社会・政治
B-29への体当たりは「神風特攻隊」編成の2カ月前だった…「特攻」という言葉に定義がない不思議

特攻隊資料を「記憶遺産」に推薦する動きも(写真:ロイター/アフロ)
両翼にエンジンを抱えた日本陸軍の双発(2つのエンジン)の二式複座戦闘機「屠龍(とりゅう)」の編隊が、北九州近くの領域に姿を現した米爆撃機B-29の編隊を迎撃するため、山口・下関の小月(おづき)飛行場から離陸した。
一方、中国大陸を離陸したB-29の編隊は高度7000メートル上空から北九州へ侵入。日本本土の領空を、悠然と我がもの顔で飛んでいた。
関連記事:「特攻隊鉄心隊」で出撃した僧侶の次男“命は大切に”を継いだ姪が明かす「笑ツテ死ニマス」壮絶遺書【日米開戦81年】
「この高度で戦える戦闘機は日本には存在しない」
B-29の編隊を率いる団長機の操縦席でパイロットは、そう慢心していた。間もなく爆弾投下地点の上空だ。が、前方から猛スピードで迫ってくる一機の「屠龍」の機影が見えた。
銃撃を仕掛けてくる気だ。弾丸をかわすために機体を傾ける。弾丸は機体をかすめたようだが、損傷は軽微だ。
「やはり大したことはないな」
そう思った次の瞬間。
「そんなばかな、こいつは、ぶつける気か!」
「屠龍」は、さらに猛然と速度を上げ、コックピットの目前まで近づいていた。「屠龍」の操縦士の顔が間近に迫り、眼が合った。怒りを燃えたぎらせ、一片の恐れも知らぬような日本人操縦士の眼を見て、B-29のパイロットは戦慄した……。
「機関砲の銃撃をはずしてしまった。連射はできない。眼下の北九州市民の命を護(まも)るため、このままB-29を行かせるわけにはいかない」
咄嗟(とっさ)にそう判断した「屠龍」前席に座る操縦士、野辺重夫(のべしげお)軍曹は、複座の後部座席に座る相棒、高木伝蔵兵長に声をかけた。
「ゆくぞっ、高木!」
「了解です、野辺軍曹!」
フルスロットルの状態にレバーを入れ、双発エンジンの推進力を限界までふりしぼった日本陸軍の小さな複座戦闘機が、米軍が日本の北九州へ刺客として放った巨大な “超空の要塞” へと突っ込み、両機ともに空中で砕け散った。
野辺と高木。2人の搭乗員は命を懸けたこの体当たりの結末を知ることはできたのだろうか? 体当たりを受けたB-29は空中で爆発し炎上。砕けた機体の破片が後続のB-29に衝突。2機のB-29が八幡の地上へと墜落していったことを……。
1944(昭和19)年8月20日。これが初となるB-29への日本戦闘機の「体当たり=特攻」だと戦史には記録されている。この特攻で2人の若者が北九州上空で命を散らした。初の特攻隊「神風(かみかぜ)特別攻撃隊」が編成され、出撃する2カ月前のことだった。
■「特攻」という言葉に定義はない
「特攻」という言葉を現代の日本人で知らない者はいないだろう。 だが、実は、「その言葉には決まった定義がなく、説明もあいまいでその概念は定かではない」ということを知る日本人は少ないのではないか。
戦後80年の間、その定義を、その後に生まれた日本人たちは、それぞれが勝手に判断し決めつけてきた。それが、「かつて特攻が行われたという史実」から、年月が経つほどに日本人の目を背けさせてきた理由ではないか?
その定義を独り歩きさせ、その概念をあいまいなまま現代人にもてあそばれてきた結果が、“邪悪な特攻” という概念、定義のまま定着しつつある現状(実情)ではないかとも思う。少なくとも「特攻」の定義を正確に説明できる者など、戦時中も戦後の今になっても誰一人いないのだから。
1944(昭和19)年10月20日、日本海軍の大西瀧治郎中将の命令によって「神風特別攻撃隊」が編成された。現代ではそう伝えられているが、そもそも、この「大西中将の責任」という日本史に刻まれた史実の真偽自体が歴史のなかで、今、揺らいでいる。
“カミカゼ特攻隊” の誕生。これが日本軍の初めての「特攻隊」とされている。だが、前述した2カ月前の八幡空襲での「屠龍」の体当たりをはじめ、東京、北九州など本土空襲で飛来したB-29へ体当たりしていった「屠龍」や、三式戦闘機「飛燕(ひえん)」などの記録はいくつも残っている。
一方、戦場では上官からの命令を無視し、特攻を拒否した兵士の数は少なくなかったといわれる。「特攻の拒否」は、個人の意志を貫いた勇気ある行動であるとも思う。誰にも特攻を拒絶した彼らを非難することはできないし、その権利もない。
だが、自らの意志で特攻を決断した兵士、特攻から逃げなかった兵士は確かに存在した。己の命を投げ捨て “無私” の魂を貫いて、家族や友人や知人、そして、この国を護ろうと、最後まで逃げなかった人がいるのだ――。
※
以上、戸津井康之氏の新刊『生還特攻 4人はなぜ逃げなかったのか』(光文社新書)をもとに再構成しました。「特攻」とは何だったのか。生きて還ってきた4人の航空兵の証言から真実に迫ります。
●『生還特攻』詳細はこちら