「ここの上タン塩はすごく厚いんですよ。ウチの娘たちはハサミで切らないと口に入らないぐらい。豪快にドーンと出てくる。そんな心意気が好きなんです」
運ばれてきた「上タン塩」を前にして嬉しそうに紹介してくれたのは女優の戸田菜穂。大学時代に叔父に連れてきてもらった、最初の来店以来、「焼き肉といえば明月館」というほど、愛してやまない店である。彼女を虜にしているのは、開業から70年以上続く本格韓国料理専門店の伝統の味だ。
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「そんなに焼き肉を食べる習慣はなかったんですが、あるときからすごく美味しいなと食べるようになりました。私は赤身が好きで、モモやハラミもよく食べます。マッコリはかめの中でブツブツいっていて、乳酸菌がたくさん入っている感じ。コムタンスープは白濁していてコラーゲンたっぷり。焼き肉はエステのマッサージより肌にいいと思っていて、翌日は髪の毛がツヤツヤなんですよ。『エネルギーチャージするぞ』というときにお邪魔します。新宿駅から近いのに店内は静か。一人でも、家族とも役者さんとも来る自慢のお店です」
女優として歩み出すきっかけは高校2年生のときにホリプロタレントスカウトキャラバンに出場したこと。当時はサッカー部のマネージャーで真っ黒に日焼けしていた。
「母が岸惠子さんやいしだあゆみさんが好きで、よく映画館に連れて行ってくれました。女優さんって楽しそうで素敵な仕事だなと漠然とは思っていて。高校の進路相談のときに初めて自分の将来を考えたときに、このまま広島にいるのではなくて、もっと大きい世界が見てみたいと思ったんです」
書店で手にした雑誌で、ホリプロが女優を募集するという記事に目が留まった。
「地区予選では恥ずかしかった水着審査があったし、下手な歌も歌いました(笑)。決戦大会で結果を待っているときに、審査員をされていた千葉真一さんがそばにいらして『いつか一緒にお仕事しようね』とウインクをされたので、ひょっとして? って(笑)。その後、お会いする機会がなかったのが残念でした」
グランプリに輝き、広島と東京を飛行機で往復する日々が始まった。1991年には主演ドラマ『葡萄が目にしみる』(フジテレビ)の撮影に入り、初めて演じることの楽しさを知る。
「夏休みに山梨県でずっと撮影をしていたんですが、終わるときに涙が出てきて。スタッフの方と別れたくないという気持ちもありましたし、役とお別れするのも悲しかったんです。小野原(和宏)監督がすごく丁寧に演技指導をしてくださったし、同年代の女優さんたちもいたので、とてもいい環境でした」
オーディションを経て、1993年、NHKの朝ドラ『ええにょぼ』の主役に抜擢される。1994年には相米慎二監督の『夏の庭 The Friends』で映画デビューを果たす。
「先日『夏の庭』の台本が出てきたんですが『親指に力を入れて立て』と書いてあって(笑)。映ったときに、たぶん私がユラユラしていたんだと思います。相米監督には『タコ』『違う』って何度も言われて撮り直し。私はまだ19歳で、だめだと言われても引出しがゼロで、どうしたらいいのかわからなくて……。初めて孤独を感じました。女優という仕事は自分が想像していたような華やかな世界ばかりではなく、演技しているときは自分で答えを出すしかない。相米監督とのお仕事は朝ドラの後だったんですが、現場はまた全然違う空気感でした。でもあのヒリヒリした相米組の現場を体験できたのは得難いことだったなと思います。今では相米監督の作品が映画デビューだったのは自慢です(笑)」