■『あまちゃん』は特別な現場だった
大学卒業後も俳優を続け、さまざまな舞台に出演した。
転機は27歳のときだ。廣木隆一監督の映画『ヴァイブレータ』(2003年)に出演すると、映像の仕事が増え始めた。
「学生時代に自主映画に出ていたので、映像と舞台の違いにそこまで驚かなかったです。
ただ、稽古期間がある舞台と違い、映像はその場や相手に合わせて芝居をすることが多いですね。そのためにたくさん準備していくのが、映像のおもしろさだと思います」
クセがある難役を演じることが多かったが、「それぞれの監督が私と一緒に仕事をしたいと思ってくれたことがありがたかった」と言う。
そんな彼女の出世作といえるのが、2013年の連続テレビ小説『あまちゃん』(NHK)。北三陸市の観光協会の職員・栗原しおりを演じた。
「放送後は、親戚から家にお祝いの胡蝶蘭が贈られてきたり(笑)。朝ドラってやっぱり、すごく影響力があるんだなって感じました。2009年にドラマ『深夜食堂』(MBS)に出演したときも感じましたが、街を歩いていると役名で声をかけていただくことが多くなったのも印象的でした。『自分はあの作品に出ています』と人に伝えやすくなったというか、自分の名刺をひとつもらった感覚でした」
『あまちゃん』には、木野花、吹越満や渡辺えり、片桐はいりら、舞台でも活躍している俳優が多数出演していた。
「学生時代に舞台で観ていた人ばかりで楽しかったです。とくに私たち “北三陸チーム” は、スタジオ前の前室からみんなで話していて、その雰囲気のまま現場で演じて、帰ってきてまた話す……みたいな撮影でした」
撮影でもこの出演者同士の “雰囲気” が役に立ったそう。
「大人数での台詞の応酬が多かったので、本番前に練習がしたいと誰かをつかまえて台本の読み合わせをしていたら、いつの間にか全員で練習をしているなんていうこともありました。その時間が大好きだったんですよ。みんながおもしろいものを一緒に作りたいと思っている、特別な現場でした」
『あまちゃん』から10年。昨年『らんまん』で再び朝ドラを経験した。
「現場は自分より若い人が増えていて、10年の歳月を感じました。そして、あらためてしっかりしなきゃと思いました。私が『あまちゃん』のときにそうだったように、若い方が頼れる人間にならないといけないなと。いつまでも後輩の気持ちではいられないと気づかされる現場でした」
芝居と出合ってから25年以上。年齢を重ねて役の幅も広がってきたと実感している。
「キャスティングをする方が “この役なら” と呼んでくださるので、『私はこういうふうに見えているのかな?』『この役をやらせたらおもしろいと思ったのかな?』といつもワクワクします」
近年、ハマり役といわれたのが、『阿佐ヶ谷姉妹の―』阿佐ヶ谷姉妹・木村美穂役。
「撮影中はお2人のテレビを観て、ラジオを聴いて、1個も逃したくないという気持ちで美穂さんを追っかけていました。どうしてもあのお2人が醸し出す空気や関係性みたいなものをトレースしたいと思って。見た目は限界があるのですが、それ以外で魅せたいという思いはありました」
2月から一人芝居『スプーンフェイス・スタインバーグ』に出演。7歳の女の子を片桐はいりとWキャストで演じる。
「幸せに生きるヒントを提示してくれる物語だと思います。
自閉症で、家庭もシビアな状況にある女の子を演じるのですが、台本をいただいてからは、『彼女のように考えれば、今の幸せを感じられるのかも?』と考えるようになりました。少し大袈裟に聞こえるかもしれませんが、みかんを食べる、といった些細なことでも、生きるすばらしさを感じたりしています。こんなすてきな役にめぐり会えるのが、俳優の楽しみのひとつだと思います」
お粥を食べ終えた安藤は、演じてきた役は「すべて自分のなかで生きていて、人生を豊かにしてくれる」と続けた。
「演じることは、どこか自分を楽にしてくれているところがあるのかも。つらいことがあっても、(演じた)あの人はこう乗り切った、あの人の絶望に比べれば大したことはない、と。さまざまな人生を経験しているので、それが自分の支えになっています」
役が人生を豊かにし、彼女を輝かせる。
あんどうたまえ
1976年生まれ 東京都出身 大学在学中に俳優として活動を開始。近年のおもな出演作に舞台『桜の園』、連続テレビ小説『らんまん』(NHK)、映画『PERFECT DAYS』(すべて2023年)などがある。2月16日からKAAT神奈川芸術劇場で上演される一人芝居『スプーンフェイス・スタインバーグ』(演出:小山ゆうな)に出演
【 馬さんの店 龍仙 本店 】
住所/神奈川県横浜市中区山下町218-5
営業時間/7:00〜23:00
定休日/無休
写真・伊東武志