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『ドクターX』を観た医者が一番憧れる言葉は「いたしません」

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2016.12.05 20:00 最終更新日:2016.12.05 20:00

『ドクターX』を観た医者が一番憧れる言葉は「いたしません」

 

「お医者さんって『ドクターX』を観てるんですか?」

 

 と、訊かれることがある。答えはイエス。医師や病院関係者もバッチリ観ている。

 

 というのも金曜日に病院に行くと、「御意」やら「失敗しないので」などの台詞を真似する「さてはこの人、昨夜は観たな」とおぼしき医師がゴロゴロいるからである。

 

「ありえない設定で、医師激怒!」「ほとんど放送事故」のような『ドクターX』に対する煽り記事がネットや週刊誌で出回っているが、あれは大ヒットドラマの税金のようなものである。

 

 確かにありえない設定は多い。前回述べたように、「フリーランスの麻酔科医」ならまだしも、「フリーランスの外科医」は成立しない。

 

 また、シリーズ1の大門未知子は消化器外科限定だったが、回を重ねるにつれて心臓・血管・脳・脊椎・妊婦と手がける範囲が増えていき、一人の外科医がこなせる手術のレパートリーとしては広すぎる。

 

 また、労働者派遣法によると「人材派遣には事業専用面積が20平方メートル以上」が必須要件なのに、雀卓やら冷蔵庫やら猫スペースを除いた神原名医紹介所(所長役は岸部一徳)は、この規定を満たしていない…… etc.。

 

 だからといって、医師たちはこのドラマに怒ってはいない。「ありえない、けど面白い」というのが、多数派の意見だ。「医療ドラマって、仕事の延長戦みたいであまり観ないんだけど、コレだけは観てる」という医師は多い。

 

 そもそも、リアリティは大ヒットドラマの必須条件ではない。今年大ヒットした邦画『君の名は。』は高校生男女の心と体が入れ替わる話だし、『シン・ゴジラ』も東京にゴジラ来襲という、現実にはありえないストーリーだが、「ウソつき! 駄作!」と激怒する観客はいないだろう。

 

『ドクターX』を観て「人間ドックで今から検査なのに、あんな豪華な朝食はありえない」とか、「手術代金で1000万円以上を取る医者が風呂なしアパートに住むのはおかしい!」と怒る医師は、『水戸黄門』を観て「最初から印籠を出せば、即座に解決するだろ!」とマジ切れする老人ぐらい稀なのである。

 

 大ヒットするドラマの法則のひとつは、「視聴者が密かに望んでいるがガマンしていることを、主人公が代行してくれる」ことだと思う。

 

『半沢直樹』の場合、「倍返し」と称してイヤな上司を土下座に追い込むストーリーが、耐えに耐えている多くの日本人のハートに響いたのだろう。

 

 実際の医師が言ってみたい台詞ナンバーワンは、「医師免許の要らない仕事はいたしません」だと思う。現実の大学病院は、手術や外来だけでなく、感染対策委員会、機能評価現況調査票、センター試験の監督……などなど、医師免許の要らない会議や書類、雑用に溢れており、しかもそれは増えていく一方である。

 

「オレ、外科医なのか医療事務なのか、ときどきわからなくなる」とコボす医者は多い。「いたしません」の台詞がもたらす爽快感に、明日からの書類や雑用の山を忘れ、しばし夢を見る。これが、大門未知子が医師たちからも愛される理由なのだ。

 

 

<筒井冨美Fumi Tsutsui>
 1966年生まれ フリーランス麻酔科医 国立医大卒業後、米国留学、医大講師を経て2007年からフリーに。医療ドラマの制作にも関わり、『ドクターX』(テレビ朝日系)取材協力、『医師たちの恋愛事情』医療アドバイザーを務める

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