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一見すると不利なのになぜ? 生物に「オス」と「メス」がある理由

ライフ・マネー 投稿日:2022.10.02 16:01FLASH編集部

一見すると不利なのになぜ? 生物に「オス」と「メス」がある理由

 

 なぜ生物にはオスとメス、あるいはおしべとめしべがあり、生殖(有性生殖)のために両者を必要とするのだろう?

 

 生物の本質は、自己複製して世代をつなげていくことにある。もちろん、生物の中には、有性生殖をしないで、自身と全く同じ遺伝子を持つクローンを作ることで世代をつなげているものもいる(無性生殖)。

 

 だが、大多数の生物は有性生殖を行う。有性生殖では別個体と交配することで、子孫に伝えられる自分の遺伝子は半分になってしまう。自身の遺伝子を次世代に残すのが生物の原点だとすると、明らかに不利な行動だ。なぜ、手っ取り早く無性生殖で次世代を作らないのだろう。

 

 

 有性生殖の意味は、生物学における最大級の研究課題のひとつだ。これまでにいくつかの仮説が提唱されてきたが、その中で有名なものを3つほど紹介しよう。

 

 1つめは、集団の中でたまたま生じた有利な性質を取り込んでいけるから、というものだ。

 

 突然変異の多くは生存に不利な有害遺伝子だが、まれに有利な突然変異が生じることもある。無性生殖でも、ある確率で突然変異が起こる。ただ、有利な突然変異が起こるのを待っていたのでは、とんでもなく長い時間がかかるだろう。

 

 有性生殖では、両親からの染色体が組み合わさることで、両方の性質が子に伝わる。集団を構成する個体のどれかで生じた有利な突然変異は、その個体が交配することでたちまち集団中に広まる。

 

 つまり、有利な遺伝子を取り込むことで、適応進化を急速に進めることができるのが有性生殖の利点だ。

 

 2つめの仮説はこれと反対に、不利な突然変異を拡散したり除去したりできるという機能に着目する。

 

 無性生殖を続けていくと、子孫に有害遺伝子が蓄積し続けることによって、絶滅のリスクが高まる。ところが有性生殖には、遺伝子の組み換えによってこの蓄積を起こりにくくする作用がある。

 

 また、交配によってたまたま有害遺伝子を多く蓄積した個体が死ぬことで、集団の中から有害遺伝子を除くことができる。つまり、有性生殖は突然変異で生じた有害遺伝子の作用を軽減する役割を持つ、というものだ。

 

 これら2つの仮説は、自己複製という生物の根源的なイベントの中で、ある確率で生じてしまう複製ミス、つまり突然変異を活用するために有性生殖が生じたという解釈で一致している。

 

 有利な遺伝子を取り込み、不利な遺伝子を排除することで優れた子孫を残そうという戦略。これは、有性繁殖の大きなメリットに違いない。

 

 有性生殖の意義についてのもう1つの仮説は、複製ミスへの対処ではなく、多様な遺伝子型を絶えず作り続けること自体に意味があるというものだ。その根底にあるのが、ウイルスなどの病原体との進化レースだ。

 

 中国のある村で発生し、2019年に瞬く間に世界中に拡散した新型コロナウイルス(COVID‐19)は、私たちの生活を一変させた。変異株が生じるたびに感染者数は急増し、感染のうねりを何度も繰り返した。

 

 ワクチンの開発により抗体を獲得できても、新たな変異株にも有効かどうか、世界中が危惧している。これはまさに、ウイルスとの競争だ。

 

 病原体への抵抗力は個体によって異なる。風邪を引きやすい人もいるし、ほとんど引かない丈夫な人もいる。ただ、病原体は短期間でも変異するので、あるタイプの病原体には抵抗力があっても、変異株には抵抗力がない場合だってある。

 

 例えば、毎年冬に流行するインフルエンザは、年によって流行るタイプが違う。新型コロナウイルスのように、非常に強力な病原体が絶えず変異を繰り返すことにより、生物種が絶滅してしまうことだって十分に考えられる。

 

 ワクチンを接種できない生物が、絶えず変異する病原体に対抗するにはどうしたらよいか。有性生殖によって絶えず遺伝的組成を変化させることで、病原体との進化レースに対抗しているのではないか、という説がある。

 

 この仮説は「赤の女王仮説」と呼ばれる。ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』の一幕から命名されたものだ。物語の中で主人公アリスは、奇妙な世界に迷い込む。

 

 そこで出会った赤の女王は、アリスの手を取って全速力で走り出した。さんざん走ったあげく、アリスは元の場所からちっとも動いていないことに気づく。女王はこう告げる。

 

「この国ではね、ひとつの場所に留まるためには全速力で走り続けないといけないのだよ」

 

 存在し続けるためには、自らを変化させ続けなくてはならない。つまり、「世代を超えてこの世界に存続し続けるには、つねに遺伝子組成を変化させ続けなくてはならない」ということだ。そのために生物は有性生殖を行い、自身とは違った遺伝子セットを持つ子孫を作るに至った、というのだ。

 

 有性生殖についての仮説は、どれもまだ十分には実証されていない。正しい仮説がひとつに定まるということではなくて、どれかひとつで説明できる場合もあるし、複数の仮説が当てはまる場合もあるだろう。そしておそらく、どの仮説でもうまく説明できない場合だってあるかもしれない――。

 

 

 以上、工藤岳氏の新刊『日本の高山植物~どうやって生きているの?~』(光文社新書)をもとに再構成しました。高山植物はどうやって次世代に命をつないでいるのか、花たちの生存戦略の秘密を、植物学者が鮮やかに描きます。

 

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( SmartFLASH )

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