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経営者を悩ます5つの壁を「伴走支援」で打破する…どうすれば企業の自己変革を進められるのか
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2024.06.02 11:00 最終更新日:2024.06.02 11:00
企業組織の潜在力を発揮させる「伴走支援」のメカニズムについて説明したいと思います。
ハーバード大学のロナルド・A・ハイフェッツ教授は、その著書『最難関のリーダーシップ』(水上雅人訳、英治出版、2017年)の中で、世の中の課題には、「技術的問題」と「適応課題」があると唱えています。
技術的問題とは、既に解決策が分かっており、既存の知識で実行可能である問題です。たとえば、運転の仕方が分からない人が教習所に行って技術と知識を習得し、運転免許を得る場合が相当します。
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一方、適応課題とは、ハイフェッツ教授によれば、そうした “専門的な知識や技術、過去の成功体験だけでは解決できない、いわゆる「答えのない課題」” です。このような課題に取り組み前進させるためには、当事者が自己の価値観や信条を問い直し、新たな見方や考え方を見つけることで自らの行動を変えていく(自らを適応させる)ことが求められます。
現代の中小企業経営者に求められているのは、まさに適応課題への対応であり、そのためには改革に伴う痛みや喪失、自己の価値観の修正などを受け入れていく必要があります。
■経営者の5つの壁
中小企業・小規模企業の経営者にとって、様々な内外の変化に対応して自己変革を迫られる局面が増えています。しかしながら、家族や従業員の生活と雇用を守ろうと日々の業務に追われている経営者が、この問題に真正面から向き合い、それを受け入れ、取り組むことは容易ではありません。
それは、経営者にとっては、適応課題となかなか向き合えない様々な壁があるからだと考えられます。具体的には、次のような5つの壁が存在します。
(1) 見えない
経営者が経営状況を把握しておらず、何が問題かを認識できていない状態。様々な情報の可視化ができていない、経営方針や事業戦略が「見える化」されていないなど、意思決定のプロセスや考え方がブラックボックスになっており、企業の各部門の行動が円滑に進まなかったり、財務の管理会計などが数値化されておらず、振り返りや検証ができない状態。
(2) 向き合わない
経営者が現実を直視できず、課題設定とその解決に向けた対策の落とし込みができていない状態。経営者が過去の成功や失敗体験にとらわれて思い込みが働き、真の課題に気づかない、問題を認識する余裕がない、あるいは意識的に目をそらしている場合などがあります。
(3) 実行できない
経営者が本質的な課題にうすうす気づいていたとしても、組織内外のしがらみや心理的障壁があり、その本質的な課題と向き合って実際に行動に移せない状態。経営者にとって、先代や後継者、親族の株主、従業員、取引先や金融機関など関係者とのしがらみや葛藤があり、なかなか一歩を踏み出せないということがあります。
(4) 付いてこない
経営者がその課題に取り組もうとしても、現場の巻き込みが不十分で、現場レベルを踏まえた取り組みとなっておらず、従業員が当事者意識を持って解決に臨めるようになっていない状態。経営者がトップダウンで指示を出しても従業員にまで伝わらず、あるいは指示待ちの受動的な対応となり、現場レベルで主体的かつ能動的に考え、行動することができていない状況がよくあります。
(5) 足りない
本質的な課題が明確となり、経営者本人と従業員の意識も共有されているものの、課題解決のための知見や経験が足りない状態。
最後の(5)は「技術的問題」に近く、外部の専門家などによる課題解決型支援で対応可能になるケースも多いでしょう。他方で(2)(3)(4)は「適応課題」であり、経営者や従業員の変革と適応が求められます。(1)は技術的問題と適応課題の両方を含むでしょう。
以上のように、現実には、5つの壁にそれぞれ技術的問題と適応課題が混在し、しかも日々の経営の中で様々な課題が異なるフェーズで表れる場合が多いと思われます(たとえば、(1)の「見えない」壁で、経営者が業績上の数値を把握していたとしても、組織上の課題が見えていなければ、それは経営者にとっての適応課題になりえます)。
このように、経営者が様々な「適応課題」の壁を乗り越えていく必要がありますが、その壁を経営者が単独で乗り越えていくのは多くの場合困難です。
自己を客観視して自分自身に問題の原因があることに気づくことは容易ではないからです。そこで、第三者による支援が有効になってきます。また、適応課題に気づき、自己を客観的に内省し、変革につなげていく作業は当然ながら時間がかかります。そこで、一定の時間軸をもって伴走しながら支援していくことが必要となってくるのです。
伴走支援は、こうした自己変革、適応課題への挑戦に対応した新しい支援手法です。
■伴走支援とは何か
改めて伴走支援とは何か。ここでは、主に企業経営者と外部の支援者が、信頼関係の下で対話を行うことを通じ、経営者が本質的な経営課題に気づき、意欲を高めて会社の自己変革などに取り組むことにより、組織が本来持っている潜在的な力を発揮させていく一連の営みのプロセスと考えます。
「支援」というと、一方が他方を助けるという一方通行の関係のように見えますが、伴走支援は、むしろ経営者と支援者の対等なパートナーシップの下での双方向のやり取り、相互作用だと捉えていただくのがよいでしょう。
念頭に置いている組織は、主に非上場の中堅・中小企業ですが、公的機関やNPO、大企業の事業部門など様々な組織に幅広く適用できる考え方だと思います。
この伴走支援の考え方のエッセンスは、主に次の3つに集約されます。特に理論的な部分は、我が国の組織開発分野の第一人者である中村和彦先生のご指導をいただきました。
第一に、対話と傾聴。経営者の話に耳を傾け、共感を持って対話を継続する。それによって、経営者が自身の頭の中で内省し、自分にとっての本質的な課題は何かということを言語化することができます。このためにも、経営者と伴走者の信頼関係の構築が鍵となります。
第二に、課題設定力。支援者側は、ともすると課題解決策を先に提示しようとしがちですが、それでは表面的な解決に終始してしまい、経営者が本質的な課題をつかみ取ることができない場合があります。何が本質的な課題なのか、あくまで経営者本人が気づき、腹落ちするプロセスが重要です。
第三に、自己変革と自走。近年の日本経済は、新型コロナウイルス感染症や価格高騰など、思いもよらない危機や環境変化が頻発しています。企業はそうした変化を乗り越えるだけの適応力や変革力を持たなければなりませんが、経営者単独でそれを実現することはなかなか難しいものです。このため、第三者による伴走が重要になってきます。
上述のように対話と傾聴を通じて課題設定ができ、経営者や従業員が意欲を持ってその課題に取り組もうという動機づけ(「内発的動機づけ」と言います)がなされたとき、潜在的な力が発揮されます。これこそが、企業組織が自走できるようになるために重要な鍵と考えます。
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以上、角野然生氏の新刊『経営の力と伴走支援 「対話と傾聴」が組織を変える』(光文社新書)をもとに再構成しました。東日本大震災の復興の現場で、「官民合同チーム」がフレームワーク化してきた伴走支援の手法を、チームを率いた著者が明らかにします。
●『経営の力と伴走支援』詳細はこちら
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