原価の高騰を嘆く「カリー・ザ・ハードコア」店主の喜多康平さん
日本人の“国民食”といわれるカレー。各家庭でつくるのはもちろん、街にはインド風から欧風まで、多くの人気カレー店が立ち並んでいる。だが近年、物価高によって“異変”が起きているという。
「相次いで倒産しているんですよ。帝国データバンクの発表によると、2024年度に発生した、インド料理店などを含めたカレー店の倒産(負債1000万円以上、法的整理)は13件。前年度(12件)に引き続き高水準で推移し、過去最多を更新しています。
2025年度もすでに2件の倒産が発生しており、個人営業の小規模なカレー店の廃業・閉店を含めると、その数は相当数に達するはずです」(グルメライター)
もちろん、カレー人気に陰りがあるわけではない。その原因は“コメ不足”に加え、野菜類や肉類など原材料費の高騰だ。
「原価は3年前と比べると5割増しですね。いつ、つぶれてもおかしくない」
と語るのは、東京・雑司が谷で開店5年めを迎える超人気カレー店『カリー・ザ・ハードコア』店主の喜多康平氏だ。数々の著名インフルエンサーに取り上げられ、グルメ雑誌でも紹介される人気店だが、その内実は非常に厳しいものだという。
「うちは、カレーに合うカリフォルニア米(カルローズ)を使っていますが、5年前は大体5kgで2000円しないくらいでした。それが、いまは3300円ほど。1000円以上値上がりしています。米って、お客さんの有無に関係なく毎日、炊かなければいけないものなので、実質“固定費”ですからね。うちは麦も混ぜているんですけど、米の値段に合わせてか、麦の値段も上がっています。
また、ほかのカレー店で使っている長粒種のバスマティ米もすごい値上がりです。以前は5kgで2000円くらいだったのが、いまは専門店で使うようなグレードの高い長粒種だと、5kgで5800円。日本米より高いんですよ」
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さらに、カレーの味の決め手でもあるスパイス類も、ありえないほど値上がりしているという。
「円安の影響もあるでしょうが、いちばん使う『クミン』だと以前は1kg1000円しませんでした。それがいまは、高いときでは1kgで2500円。じつに2.5倍です。『カルダモン』も、500gで一袋2000円から3000円の間くらいだったのが、いまは4000円を超えているのがザラ。品質のいい、香りがすごくいいメーカーのものは5000円以上ですよ」(喜多氏)
具材では、肉類も高止まり状態。喜多氏の店では、以前は小さなハンバーグ『フリカデレ』をトッピングしたカレーをメインメニューにしていたのだが、現在は合い挽き肉の高騰で、なかなかできなくなっているという。
「合い挽き肉は、店を始めたころは100g80円台だったんですけど、2025年は約100円になっています。この価格で大量に使って、1杯800円のカレーを出しても利益は出ないんですよ。だから、うちも路線を変えて、ちょっとリッチなカレーにして値段を上げました」
メニューを工夫した喜多氏は、現在は1杯1100円からの「まぜカレー」を開発。柱に据えての営業を続けている。
「Uber Eatsのようなデリバリー系をやればいいといわれることもあるんですけど、あれは最大手のUber Eatsでも手数料を3割くらい取られる。そこに、漏れない持ち帰り容器を買って、食べ方の説明書きなんかを入れたら、4割は売上を持っていかれます」
毎日が綱渡りのような状況でも、おいしいカレーを提供することに執念を燃やす喜多氏。カレー店の倒産数が増えていることには、もちろん危機感を抱いている。
「毎年、確定申告は自分でやっているんですけど、仕入れの金額が、店を始めた2021年ごろは食材や光熱費も全部入れて月に10万円から12万円で推移していたのですが、いまは15万円から18万円です。毎月、3万円以上はランニングコストが上がっているという感じです。
正直、カレー全体が値上がりしていますよね。最大手の『カレーハウスCoCo壱番屋(ココイチ)』でも、ちょっとトッピングすれば1500円ぐらいするようになりました。もし、ココイチが1杯300円とか500円でやっていたら、いま個人でやっているカレー店は全滅しているでしょうね。ココイチは会社が大きいので、米の仕入れもまとめてやっているから回っているんだと思います。大企業ですから、注文の数が大きいのでコストを下げることもできる。
反対に、僕らみたいに個人でやっている店は、自分の足で少しでも安い食材を探すことができます。移動のコストや、作業がたいへんなことを除けば、多少は粘れるんです。いちばんたいへんなのは、数軒程度の支店を展開しているような、中規模・小規模チェーン店でしょうね。スケールメリットもなければ、個人店のような身軽さもない。実際に苦しいという話はよく聞きます」
カレー関連のイベントなども手がけ、業界の動向にも詳しいポケットカレー株式会社代表取締役の松宏彰氏はこう分析する。
「コロナ禍が明けてから、徐々に倒産、閉業するカレー店が増えた印象です。とくに老舗が多いですね。カレー専門店だけではなくて、たとえば昭和のころからやっているような、昔からの洋食店などです。そういう50年、60年と営業している店が、立て続けに閉店したんです。こうしたお店は、経営者がご高齢で、昔ながらの安い値段で常連さんに提供していた店が多い。コロナ禍のさなかは補助金もあったので、ギリギリ生計を立てていたのですが、コロナ禍が明けたら補助金はないし、仕入れ値は上がる、そしてご高齢なので、そろそろ潮時かな、閉めようかなとなるわけです。
たとえば、2023年の8月に閉店した浅草・伝法院通りの夢屋さん。インドカリーの名店として業界では知られていたんですが、何の告知もなく、突然、クローズしてしまいました。みんなギリギリで踏みとどまっていたのが、物価高でとどめを刺された、みたいな形ですね」
カレーの“親しみやすさ”も、倒産ラッシュの原因のひとつだ。
「カレーという食べもの自体が、手軽に安く食べられるというイメージが強くあるので、『カレーごときで2000円なんて』という人たちが多いんです。そのために、物価高に合わせた値上げがなかなかできません。それがいまの倒産増加の最大の原因でしょう」(松氏)
松氏によれば、今後は二極化が進んでいくという。
「外食産業全体にいえることですが、とにかく安く、サービスを削ってリーズナブルを追求するお店と、予約してでも選ばれる高級店に分かれる傾向にあります。真ん中あたりの、いわゆる“大衆食”が苦境に立たされるというわけです。
僕の知っている店でも、毎日、予約で埋まるくらいの繁盛店が突然、閉店したんです。お客が来ないから閉めたんではなくて、店の持つキャパでフルで回転しても、利益が取れない。やればやるほど人件費や原価のほうがかさむ、という悲惨な状況だったそうです」
もちろん、明るい話題がないわけでもない。
「ひとつは、欧風カレーやカツカレーといった、昔ながらのカレーに、また光が当たっていること。とくにカツカレーなどは手間がかかるので、やはり家庭でなかなか作れない。そこが“外食の楽しみ”と結びつき、高価格でも受け入れられやすいでしょう。もうひとつはインバウンドです。海外から“日本のカレー”が注目されているので、海外旅行客だけで行列ができているお店もけっこうあります。彼らは、日本人が感じている物価高などは関係ないですからね。ほかにニュートレンドとしては『ビリヤニ』の存在があります。いわゆるスパイスとハーブの炊き込みご飯なんですが、これがハネつつあります。日本人からすると新しいカテゴリの食べものなので、『カレーに1500円なんて出せるか』という人でも、ビリヤニなら出す。業界的には希望の星なんです」(松氏)
前出の喜多さんも“高価格化”に希望を見出している。
「やはり、少し高くてもそこでしか食べられないカレーを出すしかないでしょう。いま新しく開店しているお店は、だいたいカレー1杯の単価が1200円から1800円くらい。高いところだと2500円とか3500円もあります。“一食の価値を上げる”方向しかないわけです。ここで、目先の客数を狙って値下げをしても、『このまま終わるだけだ』と仲間内でも話し合っています。一皿1500円でもお客さんが損したと思わない、満足できるものを出さないと、生き残れないんです。でも実際、食べて体験してもらえば、納得していただける自信はありますよ!」
たかがカレー、されどカレー。生き残りをかけて、熾烈な闘いが繰り広げられているのだ。
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