時を経て、安倍氏の心の優しさに思い至る。安倍氏も同じように “敗北” を経験していたことに気づいたのだ。
「体調を崩されて、第一次安倍政権は短命に終わった。安倍さんは、福田康夫新首相の親任式に、入院先の慶應病院から駆けつけています。心も体も満身創痍だったでしょう。それでも、安倍さんはモーニングに着替えて式に臨まれた。
その心境はいかばかりだったか。安倍さんはプライドの高い政治家ですから、わずか1年で辞任を余儀なくされたことに、忸怩たる思いがあったと思います。そのときの経験があったからこそ、同じように敗れた私に、ああして気遣いを示されたのだと思います」
野田氏は今、政敵を喪った寂寥を感じている。
「僕は “寝技” は下手ですが(笑)、柔道部だったんですよ。講道館柔道の創始者である嘉納治五郎先生の教えは、『自他共栄』。相手がいるから稽古ができるし、試合ができる。安倍さんは、まぎれもなく真剣勝負の相手でしたが、もう永遠に闘うことはできない。この寂しさは、そう簡単に癒えるものではありません」
追悼演説で「暴力に怯まず、臆さず、街頭に立つ勇気を持ち続けよう」と各議員に訴えた野田氏は、今も毎朝地元の駅前に立っている。
写真・長谷川 新