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椎名林檎「ヘルプマーク騒動」の真っ最中に出版された『椎名林檎論』著者に聞く「騒動の本質」と「影響」

エンタメ・アイドル 投稿日:2022.10.30 06:00FLASH編集部

椎名林檎「ヘルプマーク騒動」の真っ最中に出版された『椎名林檎論』著者に聞く「騒動の本質」と「影響」

 

 椎名林檎グッズデザインが、周囲に援助や配慮を必要としていることを知らせるために使用される「ヘルプマーク」に酷似していた問題。レコード会社は、デザインの変更と、グッズが付属するはずだった新作アルバムの発売を延期することを発表した。

 

 偶然にも、その騒動の最中、10月11日に発売された本がある。

 

 

 その名も『椎名林檎論 乱調の音楽』(文藝春秋)。雑誌「文學界」に掲載された連載が書籍化されたものだが、1冊を通して、椎名林檎を批評的に論じるという試みがなされた本だ。

 

 椎名林檎の長いキャリアの中でも異例の炎上。この本の著者の北村匡平氏は何を思うのか。話を聞いた。

 

――今回の椎名林檎さんの騒動について、どのようにお考えでしょうか?

 

 かねてから椎名林檎は、政治的モチーフや国家的なイベントをパロディとして借用してきました。たとえばデビュー直後には「日本共産党」と書かれた拡声器を使用してライブで叫んだり、旭日旗をデザインした手旗のグッズを売って万国博覧会を模した「林檎博」というライブをやったり、「党大会」と名づけられたライブを開催したり、戦時期の慰問公演を想定したステージを手掛けたりと、椎名林檎というアーティストは、過激で扇動的なものを積極的に楽曲やライブに取り込んできました。

 

 ただ、今回の「ヘルプマーク」のグッズに関しては、これまでのものと質が異なると思っています。彼女がこれまで借用してきたモチーフは、右・左かかわらずとにかく「政治的」な記号で、それをファッションとして使って聴衆を煽るようなパフォーマンスがほとんどでした。歌やライブの演出はあくまでもフィクションですが、今回の「ヘルプマーク」は現実に影響するであろうもっと「倫理的」な問題に思えます。

 

――「ヘルプマーク」に酷似したグッズの、是非についての考えをお聞かせください。

 

 万博の林檎博にせよ、戦争を喚起させる慰問公演にせよ、椎名林檎ファンの多くは、椎名林檎が本当に「右傾化」したとは思っておらず、メタ的なパフォーマンスと捉える人が多いと思います。つまり、椎名林檎のステージは、毎回コンセプトが違う決まりごとがあって、ファンがアーティストと協働しながら演劇的空間を形成するところがある。

 

 2008年の林檎博’08でプレミアム・チケット付属のお土産として旭日旗をあしらった「手旗エキス」が配布されました。ですが、このときそれを問題視した声はほとんどあがりませんでした。この旭日旗や日の丸の手旗が問題となったのは「NIPPON」や『日出処』がリリースされたときです。安倍内閣の政治で、集団的自衛権の行使容認の議論が活発になっていたころで、時代的にピリピリしていた2010年代なかごろのこと、同時にスマートフォンが幅広い世代に行き渡りSNS社会が普遍化した時期にも重なっています。

 

 2010年代のSNS社会においては、ネタ的なメタ性が通じなくなって、すべてがベタに回収されてしまう時代になりました。ですから、過激なパフォーマンスがかなり難しくなった時代でもあります。そのような状況で、倫理的な問題を含む上、法的にも問題がある可能性があるとなれば、是とすることはできないでしょう。

 

『NIPPON』をリリースした後にネット上で批判が溢れたとき、椎名林檎は「誰かに誤って危害を加えるようなものは決して書いていないはずです(…)それでも同じ日本人から右云々と言われたのは、正直心外でした」という言葉を残しています。「ヘルプマーク」に酷似したデザインのグッズをつけることで、本来配慮や援助を必要とする人が受けられなくなる可能性がある。とすれば直接的にではなくとも、そういう人を傷付ける可能性があるという意味で問題だと思います。

 

――対応の遅れと、最終的な対応についてどう思われましたでしょうか?

 

 発売してしまったならすぐに回収して対応しなければならないと思いますが、発売前だったので法令の確認をしたり識者に聞いたり慎重に対応を進めていたのではないでしょうか。決して速くはなかったですが、組織的な規模を考えるとそれほど遅いとも思いませんでした。あるいはSNS上でのファンを含めた世間の反応を窺っていたのかもしれません。

 

 最終的な対応は、微妙なところです。デザイナーがデザインしたのは間違いないでしょうが、おそらく椎名林檎のチェックは受けているのではないでしょうか。すべてをコントロールしていると思われるのが椎名林檎というアーティストの特徴でもあります(これがほかのアーティストだったらレコード会社の謝罪ですむケースも多々あるかと)。個人的には、販売元のユニバーサルミュージックだけでなく、椎名林檎も共同で謝罪してもよかったのではないかと思います。

 

――今回の騒動と、椎名林檎さんのブランディングとの関係について問題が起きる素地があった、また、今後はファン離れが予想される、などがありましたらお聞かせください。

 

 今回のデザインは、椎名林檎の『三毒史』と東京事変の『音楽』から連続しているモチーフが関わっているように感じられます。まず『三毒史』ではオープニング曲「鶏と蛇と豚」で音に般若心境が埋もれていき、『音楽』のオープニング曲「孔雀」ではかき消されていたお経を椎名林檎が発声するという呼応関係があります。

 

「三毒」(三つの煩悩=貪欲・瞋恚・愚痴)が鶏・蛇・豚に象徴され、この煩悩が世界を覆い尽くしてしまうが、『音楽』では、人間の煩悩=「三毒」を食べ尽くしてくれる仏と崇められた孔雀明王(「孔雀王母菩薩」とも呼ばれる)が登場します。この孔雀明王は明らかに椎名林檎に重ねられている(孔雀は東京事変)。すなわち、彼女たちが「救世主」として世界にはびこる煩悩を喰らうという設定になっているわけです。だからデザインチームが「救助」というモチーフに行き着くのはある種の必然性がありました。この流れで発案された赤十字のマークを模したデザインが、倫理的な一線を踏み越えてしまった。

 

 ですから、ファンの反応も明らかにこれまでの政治的な炎上のときとは質が違っていたように思います。多くの林檎ファンが「これはよくない」「早く撤回してほしい」とSNSで言っていました。ただ、林檎ファンは彼女が作る音楽性を信頼している人が多いため、今回の騒動で簡単にファン離れするとは思えません。

 

――今回の騒動と、著書の発売が同時期に重なってしまったことについてはどう思いますか?

 

『椎名林檎論 乱調の音楽』を発売後すぐに購入して読んでくださった方が、この騒動の最中だから感想をいいにくいという発言はSNS上でいくつか見られました。タイミングがちょうど重なったことに関しては残念というしかないですね……。

 

 強い影響力を持つ椎名林檎ゆえ、パフォーマンスには倫理が必要、ということだ。

( SmartFLASH )

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