歌手という仕事を生業とする者にとって、『NHK紅白歌合戦』は、今も昔も変わらず夢であり、憧れであり、大きな目標となる舞台です。2022年も、お陰様で出場させていただくことになり、感謝の気持ちでいっぱいです。
毎年出場が決まった次の瞬間から衣装の心配をし、本番前には2日間にわたってリハーサルがあります。
ただでさえ緊張しいのわたしにとっては、これだけでも大変なことですが、本番は『紅白』のステージというだけで、さらに緊張感が増します。で、なんとか無事に終えた後は軽い打ち上げがあって、レコード会社をはじめとする、一年間お世話になった方々にご挨拶し、家に帰り着くのは、もうすぐ初日の出という時間です。
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――大変そう?
いえ、いえ。大変は大変ですけど、でも……歌手にとっては、この数日間が最高に幸せな時間で。ここ数年、コロナ禍で打ち上げがなくなり、ちょっと寂しいなぁと感じている自分がいます。
でも、しかし。すべてが美しい思い出かというと、そうでもなくて……モゴモゴモゴ。
あれは『津軽海峡・冬景色』を歌った石川さゆり先輩が『紅組』のトリ、『まつり』を歌った北島三郎先輩が大トリを務められた第44回『紅白歌合戦』のことでした。
NHKのディレクターさんが、「今年は『恋は火の舞 剣の舞』のほかにもう一曲、西田ひかるさん、森口博子さんと一緒に歌ってほしい曲があるんですが……」と。
なんだかミョーに歯切れの悪い言い方が気になりましたが、デビュー7年めのわたしに、NOという選択肢はありません。
「はい、はい。なんでも言ってください。で、3人で歌う曲というのは?」
3秒……5秒……束の間の沈黙の後、飛び出したのはーー。
「『美少女戦士セーラームーン』の主題歌『ムーンライト伝説』なんですけど……」
えっ? えっ? えっ? セーラームーンって、まさか、あの、 “月にかわっておしおきよ!” のセーラームーン?
「はい、そのセーラームーンです。後で衣装合わせをしますから。じゃあ、よろしくお願いします!」
言いたいことだけ言うとあっという間にいなくなり、わたしは、え??っ!? と叫ぶこともできませんでした(笑)。
ひらひらのついた衣装に、太ももが露わになるミニスカート。ふくらはぎが太いのがコンプレックスだったわたしにとって、唯一救いだったのがロングブーツです。
HISの衣装がセーラー服だったため、坂本冬美はコスプレ好きなんだろうと思われたのかもしれませんが、それはとんでもない誤解です。あれは、(忌野)清志郎さんに無理やり(笑)、着させられたようなものなんですから。
曲紹介の後、イントロが流れるなか、3人並んで奈落からセリ上がっていくときの恥ずかしいことといったらありません。顔から火が出るような……というのは、まさにあの瞬間のことでした。
しかも、です。博子ちゃんとひかるちゃんは前ノリなのに、演歌のわたしは後ノリで。簡潔に、ズバッと、ひと言で言っちゃうと、カッコ悪い。
今となってはいい思い出で、やってよかったと思えますが、当時は、恥ずかしさのあまり悶絶寸前でした(苦笑)。
ただ……その昔、網タイツを穿いた『紅組』の出場歌手が、ラインダンスを踊っていた時代があって。あの時代じゃなくて本当によかったと、心からそう思っています。
わたしが網タイツでラインダンス!? 自分で言うのもあれですが、絶対に見たくないですから(苦笑)。
さかもとふゆみ
1967年3月30日生まれ 和歌山県出身『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、著書『坂本冬美のモゴモゴモゴ』(小社刊)が発売中!
写真・中村 功
取材&文・工藤 晋