私は障害や難病の有無にかかわらず、企業の中でさまざまな人たちが連動し、事業活動を通じて社会に新しい価値を提供できる社会を目指しています。それには段階的かつ高度な仕組みづくりが必要不可欠ですが、その仕組みが日本にはあります。そのうちの一つが、障害福祉サービス「就労継続支援事業所」です(以下「就労支援事業所」)。
障害のある方の目線からすると、就職したくても誰もが就職できるわけではないのが今の日本社会の現実です。そこで厚生労働省は、仕事を通じて就労の機会や収入を得る機会を希望しながらも企業に就職できていない障害のある方々が、就労・訓練を通じて社会参画できる障害福祉サービスを提供しています。それが就労支援事業所です。
【関連記事:外国人労働者増加の陰で…5年間で2万6000人が行方不明の衝撃】
事業所がどのようなものか詳しく説明すると、企業で働く一段階手前の「中間就労」という位置づけで障害者が働ける、社会保障費を財源にした障害福祉サービスです。
現在、事業所を利用している人は全国で約40万人いて、一事業所あたりおよそ20~30名の障害を持った方々が在籍し、職員の管理のもと企業や自治体から受注した仕事を行ったり、就職に向けたさまざまな訓練が行われています。
事業所には、「A型」「B型」「移行型」の3つのタイプがあります。
「A型」は、事業所と障害のある方が雇用関係を結び、仕事の提供を行います。雇用型なので安定的に働け、最低賃金も保障されているのが特徴です。平均月収は7万7000円程。身体障害、精神障害者の利用が多い傾向があります。
「B型」は3つの中で最も多い事業所のタイプで、非雇用型で個別の作業に対して工賃が支払われる形です。平均月収は1万6000円ほど。無理なく自分のペースで続けられることが特徴です。
「移行型」は、企業へ就職するための職業訓練施設で、働くために必要な知識や能力を身につける職業訓練や実習を行います。これは2年間の期限付きなので、2年で卒業することになります。
ここではA型・B型について触れますが、いずれも企業から良質な仕事を受注しづらい構造になっています。
というのも、支援員の多くは福祉分野のプロフェッショナルですが、企業に対してどのように営業したらいいのかなどについては不安や課題を抱えているからです。何とか営業したとしても、効果的なヒアリングや各社への個別具体的な提案はどうしても難しい現状があります。
また、一事業所のキャパシティだけでは、受注できる業務種類や量が限定的になってしまうことなども構造的な課題の一つです。それに、たとえ受注できたとしても、どんなに頑張っても時給換算200円程度の案件も多く、いわゆる簡単な内職などが安価に取り引きされる構造にもなってしまっています。
つまりこれらの課題は、決して支援員のスキルや経験といった人の問題ではなく、仕組みや構造の問題だといえるのです。
■就労支援事業所の巨大なポテンシャル
就労支援事業所は「中間就労」と呼ばれており、企業に就職はしていないけれど仕事を通じて社会参画・貢献できる機会を創出しています。賃金の伸び悩みや、十分に経験を積み上げにくい構造的な課題と向き合い続けていますが、一方でこの問題は伸び代と言い換えることもでき、巨大なポテンシャルがあります。それは次の通りです。
●トヨタ自動車全従業員数の約1.4倍の労働供給力(障害者数40万人+支援員数約10万人=トヨタ社全体の約1.4倍)
●ファーストリテイリング社(ユニクロ)が持つ自社ロジスティックセンターの2.6倍にあたる広さと同等の床面積
●ローソンと同等の事業所数(47都道府県に1.5万事業所設置)
●潜在的な労働力市場規模約1兆円
(B型事業所の現在の平均時給は200円代程度、A型事業所は最低賃金に近い水準ですが、良質な仕事の確保・適正単価化・働く喜びの醸成がセットで連動すれば、一般市場と同等の賃金を得られると考えられます。潜在的な供給価値をはじめ、支援員の所得向上ポテンシャル等を織り込めば、潜在的な労働力市場規模は約1兆円超あると試算できます)
これだけのポテンシャルがあれば、企業等と共に仕事をするのはもちろんのこと、適切な配慮や環境が整備されていることを前提に、強力なサプライヤーやビジネスパートナーになれる可能性が大いにあります。
しかし、こうしたポテンシャルが十分に生かされているとは言い難いのが現状です。その背景には、いわゆる「経験学習」のサイクルがうまく循環していないことがあると考えています。
企業セクターではお金と仕事が十分に流通していると考えれば、そこで活躍する人たちにはキャリア成長の機会があり、失敗を通じて成長する経験を積み上げることができます。しかし、障害のある方々にはこうした経験を積み上げる機会が十分とはいえない状況です。
繰り返しになりますが、障害者の中には1個1円程度の内職作業を積み上げて、ようやく時給換算で100円、200円程度になるような仕事を何年も続けている人がたくさんいるのが事実です。これは、今なお深刻な問題です。
こうした反復・単純な作業が障害等のある方の身体的・精神的機能の安定化等を促すことにもつながるため、全てを否定することはできません。しかし、機械化・自動化が進む中で、10年後に同様の仕事があるのかと考え出したら、不安は止まりません。この不安感は誰だって一緒でしょう。
仕事の質という観点のみならず、個々の能力においても、障害等のある方の中には突き抜けた能力や特性を持ち、活躍されている方が大勢いらっしゃいます。ただ、全ての障害者が自身の能力や特性を把握し、仕事で発揮できているわけではありません。
従って次の社会ミッションは、具体的にどのような能力が高いのか、特性とは何かといった「ケイパビリティ(能力・才能等)」や、活躍するために必要な行動や条件は何かといった「コンピテンシー」を、関係機関のみならず、当事者一人ひとりが証明できる社会を実現していくことだと考えます。
私たちが暮らすここ日本に必要なのは、教育訓練と実務経験が十分に積み上がっていない多くの方々が、能力や特性を定性的かつ定量的に把握した上で、市場に新たな価値を創出する仕事を通じて大活躍する仕組みなのです。
※
以上、小野貴也氏の新刊『社会を変えるスタートアップ~「就労困難者ゼロ社会」の実現』(光文社新書)をもとに再構成しました。就労支援プラットフォームを運営する著者が語る、社会課題解決と利益追求の両立とは。
●『社会を変えるスタートアップ』詳細はこちら
( SmartFLASH )