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出版不況でも増える小説家志望者 苦節13年の“しくじり作家”がまとめた「失敗学」に同業者も「身につまされる」

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2023.01.28 15:15 最終更新日:2023.01.28 15:18

出版不況でも増える小説家志望者 苦節13年の“しくじり作家”がまとめた「失敗学」に同業者も「身につまされる」

平山瑞穂氏

 

出版不況」と呼ばれる昨今でも、小説家を志望する人は増えているという。その要因のひとつに、本の売り上げ増を狙って近年、次々と設けられている文学賞が、執筆意欲を刺激していることが挙げられる。

 

 読売新聞などが主催する「日本ファンタジーノベル大賞」を獲得して小説家デビューし、作家生活18年の平山瑞穂氏(54)は、現状をこう見る。

 

 

「文学賞は増えている印象があります。たとえば『カクヨム』という小説投稿サイトがあり、作家を目指す人が、インターネット上で無料で作品を発表できる仕組みになっています。そこでは、無数の人が投稿しています。独自にコンテストもおこなわれ、受賞者は賞金に加えて、作品が書籍化や映像化されるチャンスが与えられます。そのように小説家への入り口は広がっていて、志望者が増えてきていると感じます。

 

 僕なりに考えると、小説に限らず漫画や映画も含めて、ある物語を読みたいとか、それにふれたいという欲求は、やっぱりぜんぜん減っていません。出版不況といわれますが、人々が求める形態が変わっただけで、物語にふれたいという声はたくさんあると思いますし、ニーズがある限り、それに応えていく人も必要なわけです。物語を読みたいという欲求がなくならないなら、それを作りたいという欲求も減らないと思います」

 

 平山氏は、デビューに至るまで13年間、文学賞に応募し続けた。晴れて作家となり、4冊めの作品で12万部を超えるヒットに恵まれたものの、それ以外はほとんど売れなかった。近年は、本を書きたくても刊行してくれる出版社が見つからない、という苦境に陥っている。

 

 いまは雑誌ライターとして糊口をしのいでいるという平山氏は、これまでを振り返って分析すると、いくつかの“しくじり”に気がついた。あのとき、別の選択をしていれば、違う展開になっていたのではないか……という後悔が募った。同時に、そうした失敗は、個人の話であっても他人が学べることはあり、小説家を目指す人の助けになるかもしれない、という思いが日増しに強まっていった。そしてついに、実体験を1冊の本にまとめた。その名も『エンタメ小説家の失敗学』。

 

「読者の反応は、ネット上で見た範囲では好評が多いと思います。出版して本当によかったです。なかには、志望者らしき方の『やっぱり想像以上に厳しい世界ということがわかった』といった書き込みもありました。だからといって『やめよう』という声はなく、おそらく、志を新たにして臨んでいこうという方が多いんじゃないかと思います。同じ作家を目指す人がいるというのは、やっぱり心強いですね。

 

 ある作家さんはTwitterで『身につまされる』とつぶやいていました。また『吐血しそうになりながら読んでます』とか『作家が飲めるありとあらゆる煮え湯の味めぐり』とも投稿していて、ゲラゲラ笑ってしまいました。その方は、おそらく僕よりはマシな状態だと思うのですが、自分もいつ同じようになるかわからない、という危機感を持たれたんじゃないでしょうか」

 

 小説家を目指す後進たちに、とくに伝えたいことは何か。

 

「単純な言い方になるのですが、とにかくあきらめないことですね。僕自身、デビューまで13年かかっているわけですよ。すごくつらくて、報われない日々だったのですが、結局あきらめずにやり続けたら、作家になれた。たとえば、12年であきらめてしまう人もいると思いますが、もう1年、頑張ったらデビューできたかもしれない。結果は誰にもわからないことですが、あきらめた時点ですべて終わってしまいます。

 

 それは、現在の僕にも通じることなんです。しばらく、本が出せない厳しい状況に追い込まれていますが、まだあきらめていないんですよ。このあと、さらに続けていけば、もしかしたらどこかで盛り返せるかもしれないと思っていまして。13年間も孤独な応募生活に耐えた身からすれば、いまの苦境はまだ10年くらいなので、自分ではまだまだいけると思ってるんです。そういう心構えで、志望する人たちも臨んでいってほしいと思いますね。もちろん、生きるための収入は不可欠なので、僕も作家になってから6年間は、会社員との兼業を続けていました。

 

 もうひとつ強調したいのは、作家の思ったとおりに読者は受け止めてくれないということです。たとえば、オチのない物語を書いてはいけない。作家の美学から、ここは余韻を残したほうが正解とか、読者に判断を委ねようと思って、ある部分をあえて書かなかったりすると、読者からはオチがないとか、伏線を回収できていない、と言われたりします。読者に受け入れてもらえない現実がある以上、ある程度、読者に合わせるしかないと考えています。

 

 以前『映画を早送りで観る人たち』という新書を非常におもしろく読み、僕と問題意識が共通している、と感じたことがあります。その本によると、いまの若者は『コスパ』ならぬ『タイパ』を重視して、短い時間でどれだけ多くの情報を得るか、ということにすごくこだわっているみたいです。映画も倍速で見て、SNSで即、反応しないと、周囲とコミュニケーションが成立しないといった不安に駆られているそうです。そういう人たちは、あれこれ考えさせられるような小説は苦手でしょう。だからいまは、答えがすぐにわかって、ストーリーも簡単に掴める作品を求める傾向が強まってきているんじゃないかと思います。自分自身も含めて、作家を目指す人は、そういう現実を踏まえて臨まなくちゃいけないんだなと感じます。

 

 とはいえ、世の中がわかりやすい物語ばかりになってしまうと、受け手のリテラシーは下がると思うんです。受け手に全部、合わせていくと、コンテンツも劣化していくと思います。それをいかに食いとめるかということも意識して、書いていってほしいです。

 

 ビジネスの観点からは、売れないものを出してもしょうがないし、本をひとつ出して何十万部、何百万部と売れればすごく効率がいいわけで、そこを出版社が目指すのも理解できるんです。ただ、あまり売れ線に偏りすぎちゃうと、最終的には滅びしか待っていないと思います。売れ線もいつか飽きられるかもしれない。だから、なんとかバランスを取って、いまはあまり売れなくても、こういう本も出そうという発想を、出版社は失わないでほしいです」

 

 世の中の声に応える物語もあれば、一石を投じる物語もある。選択肢は豊富なほうが、エンタメ業界も発展するはずだ。

( SmartFLASH )

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