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羽生善治九段「将棋AIは先手勝率7割」に仰天…最強ソフト開発者との対談で「“将棋の結論” を考え直します」
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2023.07.09 06:00 最終更新日:2023.07.09 06:00
コンピュータ将棋ソフト(AI)はいまや人類を凌駕し、将棋の世界は大きく変わろうとしている。
タイトル獲得99期など「史上最強」ともいえる実績を築き上げ、また今年、日本将棋連盟会長に就任した羽生善治九段(52)。2年連続で、世界コンピュータ将棋選手権で優勝を果たした最強AI「dlshogi」の開発者・山岡忠夫氏(45)。
知のトップランナーの2人が、本誌で初対面。自らの将棋の研究にも取り入れている将棋AIについて、羽生九段からは鋭い質問が飛び出す!
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●限界が見えないAI
羽生 最近のAI開発のトレンドはありますか?
山岡 今、将棋AIの種類は大きく2つあります。ひとつは従来型で、探索でいかに手数を多く読むかを目指して作られてきた。もうひとつは、新しい画像認識などで使われているディープラーニング(DL)を応用した型です。読みの量は従来型に比べて1000分の1くらいですが、盤面全体を見渡す大局観に優れています。
羽生 近い将来、DL系が優勢になるそうですね。
山岡 だいぶその傾向は見えてきています。いちばん影響しているのは、ハードウエアのスペックが上がり、学習できる棋譜の量がかなり増えたこと。DLのモデルのサイズが大きいほど、どんどん強くなるということがわかってきて、かなり成功しています。
羽生 AIはもっと強くなるとか、逆に頭打ちになるなどの予測はありますか?
山岡 今のところまだ限界は見えていません。
羽生 すると、まだまだ伸びていくという感じなんですね。開発者同士では、情報交換はするんですか?
山岡 SNSみたいなところで議論しています。ただ将棋AIの大会での勝負に関わってくる部分はお互い隠していて(笑)。
羽生 新しいバージョンを作ったりするときの開発期間はどれくらいなんですか?
山岡 私はほぼ1年中(笑)、思いついたことをやっています。大会の結果を見ると、AIでも中盤での読み間違いなどがまだあったりするので、今の手法とは別のことも試して、そうした問題点の解決を図ります。
●結論は「先手必勝」?
羽生 今、AIの世界ではどんな戦法が主流ですか?
山岡 角換わりか、相掛かりが多いと思います。
――いずれもトップ棋士の間で採用されている戦法ですが、「dlshogi」は最近、「角換わりで後手番は勝てない」という結論を出しました。
山岡 そのとおりです。
羽生 えっ、そうなんですか? じゃあもう序盤の早い段階で、変化しないといけない感じなんですか。
山岡 今年の大会ではそこをわざと外して、角換わり以外で勝負しました。
羽生 それは乱戦(定跡から外れて自力勝負となる進行)志向ですね。
山岡 今年の大会ではそこがうまくいって。ただ「角換わりは先手必勝」というのも、今ある将棋AI同士の結論ですので、まだ違う可能性はあると思っています。
――人間同士の対戦では、先手勝率はおおむね52~53%で推移しています。
山岡 現在の最新AI同士を対局させると、先手がかなり勝率が高くて、今年の大会の決勝だと7割近くです。
羽生 ええ! そうなんですか? 7割も勝つのならば、先手にハンディをつけることを考えないといけないレベルですね。先後を替えて1セットやらなきゃいけないとか。
山岡 そうですね。もうそうしないと公平じゃないと。
羽生 へえー、そこまで違うんですか。でも、それはすごくおもしろいテーマだな。自分の感覚では、そんなに先後の差はないんじゃないかって思いますが。でも、膨大な統計的な数字が出てしまうと、やっぱりそういうものか……。
――羽生先生は、もし将棋に結論が出るとしたら先手必勝、後手必勝、引き分けのどれになると考えますか?
羽生 私は千日手だと思っていて。でもちょっと、今日の話を聞いて考え直します。ところで、開発者がAI同士の対戦を見て「ちょっと前とは指し手が変わってきたな」とか、どんな感想を持つのかすごく興味があります。
山岡 私、あまり将棋の棋力がないもので(苦笑)。棋譜を見ても、なかなか感想が持てません。勝率がどうなってるとかを見ています。
羽生 開発者の棋力と、AIの強さに相関関係はない感じですか?
山岡 そうですね。
――かつては、コンピュータをトップ棋士に勝てるくらい強くするためには、羽生先生みたいな強い人が自ら開発するしかないと思われていました。
羽生 でもむしろ、先入観がない人のほうがいいものを作れるのかもしれません。
山岡 開発者は技術で問題解決しようとするので、将棋を知らないほうが、いろいろな方法を試そうとする熱量が高いかもしれないですね。
羽生 DLの画像認識の技術が、将棋にも転用できるようになったことには、理由があるんですか?
山岡 まず、「AlphaGo」(※Google DeepMindによって開発され、2016年に世界トップクラスのイ・セドル九段との五番勝負を制したAI)が囲碁で成功したというのがありまして。私もあれがきっかけになっています。ボードゲームの盤面も、画像認識の汎用的な方法で解けるということが囲碁で示されたので、これは将棋でもいけるはずだって思いました。
羽生 へえー。将棋以外でも、転用ができるようになってきてるんですか?
山岡 そうですね。やっぱりボードゲームは、同じようにDLのモデルが作れることが多いです。
羽生 そうなんですか。結局、ゲームは違っても、考えるとか認識して特徴を見出すというのは、語弊があるかもしれませんが、基本的な動作は同じなんですか?
山岡 はい。汎用的なモデルで対応できますね。
●AIもミスをする
羽生 私も最近は将棋ソフトを使って分析をしていますが、やっぱりよくわからないことが多いです。なぜこの手を指摘されるのか。どうしてこの評価なのか。進めていくと腑に落ちることもあるし、わからないままということもある。つねに数字(AIが示す評価値)が流れていて、株式マーケットの値動きじゃないですけど(笑)、それに翻弄されちゃいけないと思いながらもけっこう見てます。
山岡 将棋AIも、まだ間違うことがあります。人間のほうが正しい場合もあると思います。完全に、将棋AIだけを信じていいものでもない。
羽生 理解するための時間は必要な気がします。新しいことを学ぶと、やっぱり違う場面でもそれを応用した一手を指せるようにならなきゃいけないので。なぜそれがいい手なのか、自分なりに納得する理由が見つからないとなかなか腑に落ちない。そこは、ある程度の時間が必要になる。
――昔のタイトル戦では、序盤の早い段階で長考が相次ぐ場面がよく見られました。羽生先生自身は、そうした経験が後で生きたと思われることはありますか?
羽生 どうなんですかね。20~30年前だと、将棋の定跡があんまり整備されてなかった面もあるので、自力で考えるしかなかった。今は決まった形なら、かなり先のところまで分析されている。序盤で3時間長考するとかは、最近のタイトル戦ではほぼないんで。事前にAIでかなり研究して、お互いに「ここ、どうなるかわからない」と認識する局面から対局が始まるという感じです。ヘリコプターで山の中腹に一気に連れて行かれ、「ここから山頂に登れ」と言われて、途方に暮れるようなイメージ(笑)。今は、未知の場面での適応力が問われているような気はしますね。
●AIは怖くない
――AIの発展に脅威を感じる読者にひと言お願いします。
山岡 人の生きる道を奪うような使い方は開発者も望んでいないので、社会の役に立てる活用方法を提示していきたいと思っています。
羽生 人の仕事を全部AIがやるということにはならないと思います。もちろん、最初は混乱があるかもしれませんが、意外と長い時間がかからず、人とAIはすみ分けされるのかなと思ってますね。将棋の世界の変化を見れば、AIと人間の関わり合いは、前向きにとらえられるのかなと思います。個人的には、AIに関してSFなどで描かれるストーリーは不気味なものが多すぎると感じます。
――コンピュータが人類より強くなれば、棋士という職業はなくなるのではないか? 史上空前の将棋ブームの現在、そんな見方は杞憂に終わったようだ。
はぶよしはる
1970年生まれ 中学生で棋士となる。1996年、7大タイトル(竜王、名人、王位、王座、棋王、王将、棋聖)を独占。2017年、永世竜王の資格を得て、初の永世七冠を達成。2018年、棋士で初めて国民栄誉賞受賞
やまおかただお
HEROZ株式会社所属。ディープラーニングの技術を使った将棋AI「dlshogi」を開発中。2022年、2023年と世界コンピュータ将棋選手権を連覇。おもな著書に『将棋AIで学ぶディープラーニング』がある
取材&文・相川清英 写真・野澤亘伸