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【能登半島地震】「輪島の文化が消えてしまった」漆器で知られる名所「朝市通り」焼失に市民ぼう然

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2024.01.06 06:00 最終更新日:2024.01.06 20:45

【能登半島地震】「輪島の文化が消えてしまった」漆器で知られる名所「朝市通り」焼失に市民ぼう然

焼け野原になった朝市通り

 

 1月1日に発生し、最大震度7を観測した「令和6年能登半島地震」は、1月5日午後2時までに、石川県内で死者94人、安否不明者222人となっている。各地で停電や断水、通信障害が続き、被害の全容はいまだ把握できていない。

 

 地震発生直後の3日、本誌は県内でもっとも被害の大きい輪島市を取材した。

 

 

「元日に友人宅に集まり、8人でおせちを食べていました。すると、地面からドーンという音がしたかと思えば、家が縦や横に揺れ出して。本棚の本が落ちてきて、『大きい地震だったね』と話していると、今度はもっと大きな揺れが来て、立っていられなくなりました。あわてて、みんなで家の外へ逃げたんです」

 

 いまだ恐怖にとらわれた様子で話すのは、現地に住む60代の男性だ。男性は避難所で2泊した後、自宅を確認するために15kmを夫婦で歩き、戻ってきた。

 

「自宅がどうなっているのか……。怖くて仕方ありません」

 

 国土地理院によると、地震直後の火災で、輪島市の中心部は約4万8000平方mが燃え、1000年前から続いているという「朝市通り」が焼失した。3日の時点でも、まだ火がくすぶり、煙が上がっている。辺り一面、こげくさいにおいが充満していた。

 

「朝市通りは輪島の中心街です。輪島塗のお店が何軒も立ち並び、輪島の文化そのもの。自分の言葉では言いたくないが、文化が消えてしまったような気持ちです。木造の建物が多かったこともありますが、灯油ストーブで暖を取り、プロパンガスを使用していることが仇になった。地震で灯油ストーブが転倒し、さらにプロパンガスが破裂して一気に火が広がりました。これはもう、どうしようもない。復興にはどれほどの時間がかかるのか、はたしてできるのか……」(前出の男性)

 

 市内に住む高校生は、青ざめた表情で火災現場にたたずんでいた。

 

「ここは、僕が通っていた理髪店です。こんなことになっているなんて……。火災現場がどうなっているのか、見に来たんですが……」

 

 輪島塗の業者に「漆(うるし)」を卸しているという男性も、ぼう然とした表情だった。

 

「お店の建物はどうにか崩れずに済みましたが、漆を入れた樽が全部倒れ、漆がダメになってしまった。かぶれてしまうので、さわることもできません」

 

 朝市通りから少し離れたところにある、輪島塗でもっとも有名な「五島屋」のビルは、無残にも横倒しになっていた。本誌が訪れたとき、ビルの下敷きになった隣家の住人の、救出作業がおこなわれていた。しかし、余震が発生するたびに、警察や消防隊員らが飛び出し、さらなるビルの倒壊を警戒して作業は中断。埋もれたがれきの中に、住人の手と顔を確認することができたが、すでに息絶えていた。

 

 震災から2日経ち、ようやく自宅を確認しに戻ってきたという人も多かった。近所同士で、互いに「大丈夫だった?」と安否を気遣い、手を握り合う。冒頭の男性も、無事に自宅と対面した。

 

「ああ、家が崩れていません。これは奇跡ですよ。よかったです」

 

 目に涙を浮かべながらそう話すが、家の中は手がつけられないほどに家財が散乱し、壁にはいくつもの亀裂が走っていた。

 

 昔ながらの木造家屋が立ち並ぶ輪島市では、数々の家屋が倒壊した。生き埋めになった人も多く、捜索は困難を極めている。

( SmartFLASH )

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