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「タレ」「ツユ」関東特有の食文化は石灰岩が作った【醤油の誕生】

ライフ・マネー 投稿日:2022.11.24 11:00FLASH編集部

「タレ」「ツユ」関東特有の食文化は石灰岩が作った【醤油の誕生】

 

 醤油は和食に欠かせない調味料の代表格だ。この発酵食品は料理の味を整え、香りを出し、さらには色をつける優れものだ。最近では西洋料理のシェフたちもこぞって醤油を使うという。

 

 穀物や野菜、それに乳製品などを発酵させた「発酵食品」は、まさに微生物と人類の共同作業の賜物といえよう。約8000年前にはすでにワインが製造されていたし、魚醤・醤油・味噌・漬物などの原形である醤(和名、ひしお)が記された最古の文献は3000年以上前の中国のものである。

 

 

 そのころから人類は食材が発酵することで保存性が高まり、風味が良くなるなどの効果があることを経験的に知っていたのだ。では、日本が誇る醤油はどのように誕生したのだろうか。

 

 現在の長野県松本市生まれの僧・覚心は、高野山をはじめ京都や鎌倉で学んだあとに宗(中国)へ赴き、径山寺などで禅を修めた。そして帰国後の1227年に、現在の和歌山県日高郡由良町に興国寺を開山した。

 

 この地で覚心は布教活動を始めたのだが、同時に宗で会得した味噌作りを近在の村人に教え、日常食品とすることを勧めたのである。大豆・麦のほかに野菜を用いたこの味噌が金山(径山)寺味噌の原型だ。

 

 そしてある時に、味噌作りの過程で桶の底や味噌の上にたまった汁を使って食物を煮ると良い味になることを発見した。これが「溜(たまり)醤油」の始まりだという。

 

 このようにして由良・興国寺で始まった醤油作りであるが、その後、その製造の中心は近隣の湯浅へと移った。

 

 興国寺は混在岩からなる小山に建っているし、由良の背後にもこの混在岩が広く分布して山地を成している。だからこの辺りの水は混在岩、特にその中に点在する玄武岩中の鉄分を溶かし込んでいる。そのせいで醤油の製造に欠かせない麹菌の活動が制限されてしまい、良い醤油が作れなかったに違いない。

 

 一方で湯浅の河川や地下水は、鉄をほとんど含まない砂や泥の地層を通り抜けてくる。そのため、麹菌の働きを最大限に生かせるのだ。湯浅の人たちは「湯浅の水が醤油作りに適している」と言うが、その原因は地質にある。

 

 紀伊由良で始まった醤油作りは湯浅で開花し、その後、播磨・龍野(兵庫県南西部)と讃岐・小豆島(香川県)へと広がっていった。

 

 樽詰めされた重い醤油や原料の大豆・小麦を運ぶには水運が欠かせない。湯浅もそうであるが、瀬戸内海に浮かぶ小豆島は、大阪城の石垣の石材を船で運んだことでも分かる通り水運に恵まれていた。

 

 もう一つの要因は気候にある。瀬戸内海沿岸地域は、北側に中国山地、南側には四国山地が走り、日本海やフィリピン海から吹きつける湿潤なモンスーン(季節風)の水分が山地で雪や雨となって抜けてしまうために、降雨量が少なく好天の日が多い。いわゆる「瀬戸内式気候」だ。

 

 この気候条件から瀬戸内海沿岸は塩作りが盛んであり、また小麦や大豆の一大産地でもあった。醤油に必須の原料が手に入りやすかったのだ。そしてなんといってもこの地域は、発酵食品である醤油の製造に欠かせない「良い水」があった。

 

関東濃口醤油の成立

 

 1603年に幕府が開かれると、江戸は大都市として発展を始めた。そんな中で人々の生活用品の多くは上方のものが使われていた。醤油も例外ではなく、上方から「下り醤油」として運ばれていた。

 

 品質の悪いものを「下らないもの」というが、これは醤油や酒のように関西の優れた「下りもの」に対する言葉として使われるようになったという。

 

 しかし、江戸の町が整備され、周辺で様々な産業が発達するようになると、醤油の製造も行われるようになった。その中心の一つが信州の味噌技術を持ち込んだ野田。そしてもう一つが、漁業を通して紀州と交流があったことから湯浅周辺の人々が移住して醤油文化を伝え、さらに灘の酒造技術を取り入れた銚子だ。

 

 これを決定的にしたのが、幕府の一代治水事業である「利根川東遷」であった。17世紀中ごろには銚子から太平洋へ流れるようになった利根川と江戸川がつながり、銚子・野田から江戸への水運が確立したのだ。

 

 野田と銚子では、都市建設や参勤交代などで男性の比率が大きかった江戸の人々の嗜好に合う醤油を追い求めた。大豆と小麦の割合や醸造の方法・期間などの改良を続け、ついに濃厚でキレの良い「関東濃口醤油」を作り上げたのである。

 

 この関東醤油製造の鍵となったのも「水」である。現在の水道水でも明瞭に違いがあるように、利根川水系の水は関西と比べると、カルシウムやマグネシウムの多い中硬水だ。そのために発酵が進みやすいのである。

 

 関東の水の硬度が高くなる原因の一つが、利根川水系の上流である秩父や葛生に分布する「石灰岩」だ。セメントの原料として使われるこれらの石灰岩は、今から約3億年前に、南太平洋の火山島で形成されたサンゴ礁がプレート運動によって日本列島へと付加されたものだ。

 

 石灰岩の主成分であるカルシウム・マグネシウム炭酸塩は水に溶けやすく、これらのイオンが利根川水系へと供給される。さらに、日本一の広さを持つ関東平野ではゆったりと川が流れるので、土壌に含まれるカルシウムやマグネシウムが水に溶け込み、さらに硬度が上がるのだ。

 

 この関東硬水は関西で行われるように昆布で出汁をとるには向いていない。その代わりに、鰹節や味醂と「関東濃口醤油」を使った江戸前寿司に必須の「ツメ(煮詰め)」、鰻蒲焼の「タレ」、そして蕎麦の「ツユ」など、関西とは一線を画した関東特有の食文化を生み出したのだ。

 

 

 以上、巽好幸氏の新刊『「美食地質学」入門~和食と日本列島の素敵な関係~』(光文社新書)をもとに再構成しました。日本独自の食文化「和食」と日本列島の切っても切れない素敵な関係をマグマ学者がていねいに紐解きます。

 

●『「美食地質学」入門』詳細はこちら

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