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王将戦第4局、羽生九段が藤井王将破り五分に!「間違わない藤井」を間違わせた羽生の「恐るべき強さ」
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2023.02.11 20:14 最終更新日:2023.02.11 21:36
藤井聡太王将(五冠、20)が八冠への道を歩むのか。それとも羽生善治九段(52)が復位を果たしタイトル通算100期を達成するのか。
藤井に羽生が挑戦する第72期ALSOK杯王将戦七番勝負。第4局は2月9・10日、東京都立川市でおこなわれ、羽生が勝利。対戦成績は両者2勝のタイとなった。
対局翌朝。王将戦主催紙「スポーツニッポン」の1面には、ショコラティエに扮する羽生の姿が掲載された。
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将棋界の歳時記では、王将戦第4局の時節はちょうどバレンタインのころと重なる。1996年2月14日。王将戦第4局を勝った羽生は4連勝ストレートで王将位を獲得。史上初の全七冠制覇を達成した。
あれから27年の歳月が流れたが、羽生はいまだに、恐ろしいほどに強い。そして現在、藤井の全八冠制覇を阻止しうる立場となった。
今期七番勝負は開幕前、藤井が大差で防衛するのではないかという声が多く聞かれた。なにしろ藤井は過去11回出場したタイトル戦番勝負で、いまだ敗退したことがない。
天下の羽生善治はやはり違う、というべきか。藤井はこれまでの七番勝負において、第4局を終えた時点で2勝2敗というスコアは、経験したことがなかった。「大差」という予想は、すでにはずれたと言っていいだろう。
今期第4局は内容的にも密度の濃い、羽生の名局と言えそうだ。
先手の羽生は現代将棋のメジャー戦法である、角換わり腰掛銀を選んだ。
羽生「途中まではそうですね。前例がある形だったんで。それをなぞって指していたんですけど」
序盤では同じ手順が繰り返される駆け引きが見られた。そのまま進めば千日手が成立し、先手、後手を交替して指し直し。そうなれば先手羽生が失敗だ。羽生は駒の繰りかえによって、玉を7八に据える工夫をした。
羽生「先手なんで打開をしないといけないので。駒組の工夫をしているという意味です」
ほんの少しの違いで、あとの進行がまったく異なってくるのが将棋だ。
藤井「(羽生陣が)少し珍しい形なので。そうですね、やっぱりそのあたり、いろいろ違いが出てくるのかなと思いながらやっていました」
50手め。後手番の藤井が仕掛けて、戦いが始まる。
藤井「もちろんほかの手もあるとは思うんですけど。仕掛けのタイミングとしても、自然なところかなとは思っていました」
羽生は強く反撃。駒損をしながらも一気に攻め込んで、激しい戦いとなった。
羽生「ちょっと未知の世界というか。どういうことになるのかわからないまま指していた、というところですね」
62手め。藤井は57分の長考で自陣1段目に銀を打つ。見慣れない受けの形だ。藤井も、そして羽生も、形にとらわれない柔軟性がある。
65手め。羽生は桂を成り捨てて王手をかけた。
羽生「難しいと思ってずっと指してました。封じ手のあたりもちょっとどういう展開になるのか、予測できない局面だったんで。まあ、はっきりしない状況が続いてるのかなと思ってました」
王手に対する応手は2つある。玉で取るか。それとも銀で取るか。藤井は大長考に沈んだ。局後のコメントによれば、迷ったという。2時間24分考えて次の手を封じ手とし、1日めが終わった。
明けて2日め。立会人の森内俊之九段が封筒を開く。
森内「封じ手は5二同玉です」
対局室は静かなままだ。しかし中継を見ていた観戦者の多くが、大きく声をあげたに違いない。藤井の選択は意表を突くものだった。
羽生の表情は変わらない。
羽生「いや、両方あると思ってたんで。同玉ももちろん有力だと思ってました。両方あると思ってました」
本局を振り返ってみれば、ここはいちばんの分岐点だったかもしれない。AIの判定によれば、羽生はここで少し優位に立った。
藤井「封じ手長考したところで、間違えてしまったと思うので。同銀のほうも、考えていて成算が持てなかったというところはあったんですけど。ちょっとやっぱりもう少し、読みの精度が足りなかったかなとは感じています」
銀1枚を損している勘定の羽生は、一気に強襲をかける。
羽生「駒損してるんで。なんともいえない局面なのかなと思って指してましたね。ただゆっくりしちゃうと、もうなんか、駒損が響くので。もう攻めるしかないんですけど。形勢そのものははっきりしないかなと思いましたね」
70手め。藤井は自陣に角を打って受ける。これもまた意表の受けだ。羽生は飛車を切ってその角を取り、手にした角をすぐさま藤井陣に打ち込んだ。
藤井「本譜、3一角と打たれる手が思っていたよりもちょっと厳しくて。ちょっと、なんか駄目にしてしまったかなと思っていました」「角のあと、4一桂とか4二桂とかで受けるのが自然なんですけど。それが思わしくないということを、もう少し、その前の時点で見えていなかったので。何か厳しいかなと思いました」「以降ははっきり、苦しいかなと思っていました」
74手め。藤井は1時間14分を使い、相手の歩が利いているところに銀を進めた。これもまた驚くべき一手だ。自玉を守る銀を、自ら相手に差し出そうという苦肉の策。しかしほかならぬ藤井が指したのだから、羽生を相手に、もっとも勝負になる順なのかもしれない。
藤井は席を立ち、盤の前に羽生が一人残される。羽生は額に手をやり、びっくりした表情で盤上を見つめていた。もしこの時点で羽生に時間がなければ、事情はだいぶ違ったかもしれない。
王将戦七番勝負の持ち時間は各8時間。この時点で残りは藤井1時間31分なのに対して、羽生は5時間11分も残していた。盤上の形勢とともに、残り時間でも羽生は優位に立っていた。
羽生は落ち着いて45分考え、差し出された銀を取る。羽生はときに頭をかきあげ、髪を逆立てながら考える。以後も着実に進め、勝勢を築いた。
93手め。羽生は銀を不成で引いて、寄せの網をしぼる。
羽生「あの辺りでちょっと流れがよくなったかなと思ってます」
将棋の棋士は、態度を表に出すと損をする場合が多い。しかし羽生も藤井も、そうした点にはわりと無頓着だ。両者ともに、あくまで争っているのは盤上の技術だ。
藤井はときおり、がっくりとした仕草を見せる。もちろん非勢はわかっている。しかし勝負をあきらめず、最善を尽くしてアヤを求め、相手を楽にさせない。藤井相手に勝ち切ることの大変さを思い知らされるような最終盤だ。
対して羽生は間違えない。慎重に時間を使いながら攻防ともに正確な手を重ねていく。97手め、きっぱりと藤井の桂を取って、いよいよゴールが見えてきた。
羽生「6五歩、桂馬はずして、本譜の手順でいけるんじゃないかなと思いました」
藤井は脱いでいた羽織を着る。終局を前にして、姿勢を整えた。
羽生は指すとき、手が震えている。熱心な将棋ファンならば誰もが知る、羽生が勝ちを意識したときに見られる現象だ。
107手め。羽生は馬を寄せて、藤井玉に王手をかける。これで詰みだ。悲しげな表情を浮かべる藤井。しばし中空を見上げ、うつむいたあと、気持ちの整理をつけ、投了を告げた。
藤井「負けました」
羽生「ありがとうございました」
両者ともに一礼をして、王将戦第4局は終わった。
羽生「どこがよかったかは、少し調べないとわからないかなと思います」「負けてしまうと、もうカド番になってしまうので、タイに戻せてよかったなと思います」「(次局は)調整していい将棋が指せるように頑張りたいと思います」
藤井「本局についてはちょっと、早い段階でバランスを崩してしまったのは少し、残念ではあるので。次局以降、内容をよくしていけるように頑張りたいなと思います」
王将位のゆくえは、まったくわからなくなってきた。
第5局は2月25・26日、島根県大田市でおこなわれる。
(文・相川清英)
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