先日、夏休みを取って、新潟の温泉に行ってきました。浴場の入口に「シャンプー・バー」があり、10種類ずつのシャンプーとコンディショナーから小さなプラカップに必要な量だけを入れて、浴場に持ち込むことができる仕組みになっています。つまり、20種類ものシャンプー&コンディショナーがお試しできるというわけで、これは、「おもしろい!」と思いました。
最初はひとつずつ説明書きを読みながら、「どれにしようかな」と迷っていたのですが、しだいに面倒くさくなってしまい、結局、シャンプーもコンディショナーも取らずに浴場に入ってしまいました。眼鏡をかけていなかったので説明文が読みづらかった、裸になっていたのでさっさと入浴したかった、ということもあります。それでも、適当にどれかを選ぶくらいたいした手間ではありません。でも、なぜかそのときに、とにかく「選ぶのが面倒くさい」という気持ちになったのです。
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風呂につかりながら、「ああこれが、選択回避の法則か」と思いました。
選択肢が多いほど、人は選べなくなる、決断できなくなるという心理法則が、「選択回避の法則」です。
今回は、「選択回避の法則」をはじめとする選択や決断についての実験結果を紹介しながら、「効果的な選択や決断の下し方」を考察します。
■選択肢が多いと……
「ジャムの実験」という、米コロンビア大学と米スタンフォード大学とが共同でおこなった有名な心理実験があります。スーパーの店頭でジャムを販売するにあたり、試食の数をAは「24種類」、Bは「6種類」にしたら、どちらが売れるか? というものです。
人だかりは明らかにAのほうにできました。立ち止まる人の数が多かったのです。
しかし、実際に買った人の数を調べると、A(24種類)は試食した人の3%が購入したのに対し、B(6種類)では、試食した人の30%が購入しました。購入率で10倍もの差が出たのです。
選択肢が多いと、いろいろと迷ってしまい、結果としてどれも買わずに帰ってしまう。つまり、決断できなくなるということがよくわかります。
■ジョブズが毎日同じ洋服を着ていた理由
脳には、自分をコントロールして物事を成し遂げる力、「意志力(ウィルパワー)」があります。この「意志力」は限られた認知資源で、何かを決断するたびに消耗していくといいます。そして、意志力を使い果たすと思考や感情のコントロールができなくなってしまう。これが「意志力の自然消耗説」です。
この説から導き出されるのが、集中力を持続させるためには、意思決定の機会を減らし、意志力を節約、温存したほうがいい、という考え方です。アップルのCEOだったスティーブ・ジョブズは日々の洋服選びの手間を省くために、同じシャツ、同じタートルニットを100着単位で注文していたといいます。「服を選ぶ」といった、あまり重要でない決断は極力避けて、意志力を無駄遣いしないようにしていたのです。
■「クッキーの実験」
「意志力の自然消耗説」は、米フロリダ州立大学の心理学者ロイ・バウマイスターによる「クッキーの実験」が基になっています。
空腹の学生たちの前によい香りのする焼きたてのクッキーを並べます。そのうえで、学生たちをA「クッキーを食べられる」とB「クッキーを食べられない」の2つのグループに分けます。その後、それぞれに、忍耐力を要する難度の高いパズルに挑戦してもらったところ、クッキーを食べたAグループは平均20分取り組んだのに対して、クッキーを我慢したBグループはたった8分でパズルをあきらめてしまったのです。これは、Bグループが意志力を「クッキーの誘惑を我慢する(自制する)」ことに使ったため、パズルに取り組むころには意志力が残っていなかったことを意味しています。
しかし、この実験結果については、次のような異論も出ています。
●バウマイスターの実験を追試したところ、同じ結果が得られなかった。
●200以上のメタ分析研究で「出版バイアス」が見られた(効果のない研究が除外されていた)。
●パズルを続けることを早々にあきらめた被験者は、「意志力は有限だ」という「自我消耗説」を信じている場合のみに見られた。
こうしたことから、近年では、「意志力の自然消耗説」に否定的な研究者が増えています。